ギリシア語文法 冠詞(article)
◆目次
冠詞にはὁ(ホ)を用いる。
日本語では「この、その」に相当するが、必ずしも訳出する必要はない。
◆格変化
冠詞は名詞と同様に、性・数・格によって変化する。
修飾する語と性・数・格を一致して用いる。
ただし呼格には冠詞を付けない。
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男性 |
女性 |
中性 |
単数 |
主格 |
ὁ |
ὴ |
τό |
属格 |
τοῦ |
τῆς |
τοῦ |
与格 |
τῷ |
τῇ |
τῷ |
対格 |
τόν |
τήν |
τό |
複数 |
主格 |
οἱ |
αἱ |
τά |
属格 |
τῶν |
τῶν |
τῶν |
与格 |
τοῖς |
ταῖς |
τοῖς |
対格 |
τούς |
τάς |
τά |
◆冠詞とその起源
英語には定冠詞(the)と不定冠詞(a,an)があるが、ギリシャ語には不定冠詞がない。
冠詞は元来は指示代名詞(これ、この)であったもので、
それが弱められて冠詞となり、強められて関係代名詞となった。
よって指示代名詞として用いられることがあるが、
新約聖書では一部の例外を除いて、ほとんど全てが冠詞としての用法である。
◆冠詞の意味と用法
冠詞の主要な機能は、対象を浮き彫りにし、対象を強く明示し限定することである。
一般的な意味での対象を区別し、特定する(個別化)、あるいは同定・定義する。
一方、冠詞がないと、対象は区別・限定・特定されず、その対象の本質・性質・属性のみが強調(一般化)される。
また、不定とみなされ、単数ではギリシャ語には存在しない不定冠詞(a,an)があるものとみなされる。
文脈から対象がすでに限定されていて不要な場合、慣用句における省略、
対象を限定せずにその対象の本質・性質・属性のみを強調(一般化)する場合等には、冠詞を用いない。
冠詞は、名詞・代名詞・形容詞・分詞・不定詞・副詞と共に用いられる。
冠詞は以下の用法に分類できる。
①対象を区別し、限定し、特定する。
[例] μετανοειτε ηγγικεν γαρ η βασιλεια των ουρανων.
悔い改めよ、この天の王国が近づいたからだ。(マタイ3:2)
最も多い用法である。
ここでは、「王国(βασιλεια)」と「天(ουρανων)」に冠詞が付いている。
数ある王国(支配)とは区別された、特定の“王国(支配)”を指す。
またそれは地上や他のいかなる場所とは区別された、“天”という場所に限定される。
[例] η αληθεια ελευθερωσει υμας.
この真理があなた方を自由にするのだ。(ヨハネ8:32)
物質名詞ではない抽象名詞にも同じ用法がある。
ここでは「真理(αληθεια)」に冠詞が付いている。
数ある真理(真実)あるいは真理(真実)と呼ばれるものとは区別された、
私(イエス)が伝える特定の“真理(真実)”を指す。
②すぐ前に述べられた対象を指定する。
[例] ποθεν ουν εχεις το υδωρ;
一体どこから(あなたが今の話で述べられた)その水を得たのか?(ヨハネ4:11)
ここでは、「水(υδωρ)」に冠詞が付いている。
話者と聞き手(あるいは著者と読者)の間でなされた、
一連の話の中ですでに言及された“水”を指す。
③固有名詞に用い、特定の人物に注意を引く。
[例] αυτος δε ο Ιωαννης ・・・
さて、このヨハネが・・・(マタイ3:4)
そもそも固有名詞で特定の個人を指すのに冠詞は必要ない。
しかし、その対象に親近感や共感を示唆する際、よく知られていることを示唆する際に冠詞が用いられる。
④類、グループ、階級の総称。
[例] αι αλωπεκες・・・
狐(という動物)は・・・(マタイ8:20)
⑤指示代名詞やこれに類似する代名詞と共に用いる。
指示代名詞(οὗτος , ἐκεῖνος)は名詞を形容する時は常に冠詞を伴う。
⑥形容詞・分詞と共に用いる。
Ⅰ.冠詞の位置は形容詞が属格的位置にあるか、述語的位置にあるかを決定する。
名詞を修飾する形容詞の前に冠詞が置かれると、その形容詞は属格的位置となる。
[例] (1)ο καλος ποιμην 冠詞+形容詞+名詞
(2)ποιμην ο καλος 名詞+冠詞+形容詞
(3)ο καλος ο ποιμην 冠詞+形容詞+冠詞+名詞
いずれの場合も形容詞(καλος)の前に冠詞があるので「(その)善い人」(属格的位置)という意味になる。
(1)καλος ο ποιμην 形容詞+冠詞+名詞
(2)ο ποιμην καλος 冠詞+名詞+形容詞
いずれの場合も形容詞の前に冠詞がないので「(その)人は善い」(述語的位置)という意味になる。
Ⅱ.冠詞を付けると名詞化される。
[例] του αγαθου(ローマ5:7)
「善い」という形容詞に冠詞を付けると名詞化されて「善い者」となる。
[例] του γενομενον(ローマ1:3)
「生まれる」という分詞に冠詞を付けると名詞化されて「生まれた者」となる。
⑦不定詞・副詞と共に用いる。
[例] τω σπειρειν
種をまいている(時に、最中に)(マタイ13:4)
不定詞と共に用い、特定の動作をはっきりと浮き立たせる。
[例] του σπειρειν
種をまく(ために、ように)(マタイ13:3)
του(属格) + 不定詞で目的、結果を表す。
[例] απο του νυν
今(その時)から(ルカ5:10)
副詞と共に用い、副詞を浮き彫りにする。
⑧名詞以外の品詞や句と共に用いられ。引用符「」のような働きをする。
[例] ειπεν αυτω, το ει δυνη
あなた方は「もしできるなら」などと言って・・・(マルコ9:23)
⑨主語と述語が補語(イコール)の関係ではないことを表すために、主語にのみ冠詞を付ける。
[例] θεος ην ο λογος.
その言葉は神であった(ヨハネ1:1)
言葉=神ではない、つまり「言葉は神である」を「神は言葉である」と交換できないことを示す。
⑩グランビル・シャープの法則
接続詞καὶ(そして)で繋がれた二つの同格の名詞(及び名詞句)のうち、初めの名詞にだけ冠詞が付く場合、その冠詞は両名詞を修飾し、関連する。
これが拡張されて両名詞は同一者である。反対に冠詞が各々にあるなら、別個の存在である。
ただし、文脈において関連する一塊と括られているのであって、必ずしも同一人物とは限らない(マタイ16:1,21:12、ヨハネ11:19、使徒13:50等)。
[例] του κυριου και σωτηρος Ιησου χριστου(ペテ一2:20)
「その主また救い主イエス・キリスト」という文では、主と救い主イエス・キリストは同一人物であることを示す。
最終更新:2017年06月11日 02:12