ギリシア語文法 動詞(verb)
◆目次
◆動詞の構造
ギリシャ語の動詞(verb)は、相、法、人称、数、時称に従って変化する。
相は能動相、中動相、受動相の三つ。
法は直説法、接続法、希求法、命令法の四つ。
人称は一人称、二人称、三人称の三つ。
数は単数、双数、複数の三つ。
時称は現在、未来、未完了過去、アオリスト、現在完了、過去完了、未来完了の七つ。
これらの情報が全て動詞一語の中に含蓄される。
よってギリシャ語は非常に多くの語尾変化をする。
動詞の語形の中身は以下の構造となっている。
接頭辞(加音、畳音) |
+ |
動詞幹(語根) |
+ |
接尾辞(時称・法接尾辞) |
+ |
人称語尾 |
動詞の活用は、語尾がω(オー)で終わる「ω動詞」とμιで終わる「μι動詞」に大別される。
◆人称(person)
人称には一人称、二人称、三人称がある。
◇一人称(first person)
動作の主語は話者自身を含んでいる。「私は、私たちは」
◇二人称(second person)
動作の主語は相手の人を含んでいる。「あなたは、あなた方は」
◇三人称(third person)
動作の主語はいずれも含まない。「彼(女)は、彼(女)らは、それは、それらは」
◆数(number)
数には単数、複数、双数がある。
◇単数(singular)
動作の主語は単一者である。「私」
◇複数(plural)
動作の主語は複数者である。「私たち」
◇双数(dual)
二個のものが対をなしている。
◆相(voice)
相は、動作が主語とどんな関係にあるかを示す。
相は能動相、受動相、中動相がある。
◇能動相(active)
主語が動作を行なっている。
[例] ἠγάπησα 「私は愛した」
◇受動相(passive)
主語が動作を受けている。
[例] ἠγάπήθην 「私は愛された」
◇中動相(middle)
主語が動作を行ないながら、同時にそれを受ける、あるいは関わっている。
用法
- (直接中動) ἠγάπησάμην 「私は自分自身を愛した」
- (間接中動) ἀγοράζομαι 「私は自分のために買う」
- (動的中動) ἀγοράζομαι 「私自身が買う」
- (許容的中動) βαπτίζομαι 「私は浸してもらう」「私は浸されるままにまかす」
- (相互的中動) βλέπονται 「彼らは互いに向き合っている」
◇能動相欠如動詞(deponent verb)
能動相の変化を欠き、語形は中動相・受動相であっても、意味は能動相となる動詞もある。
◆法(mood)
話者が動作をどの程度事実として述べているかの度合い。
法は直説法、接続法、希求法、命令法がある。
(不定詞を不定法(infinitive)とする文法書もある)。
◇直説法(indicative)
話者が動作を単に事実として述べる。
[例] ἔγραψας 「あなたは書いた」
◇接続法(subjunctive)
話者が動作をある程度疑い、可能性として述べる。(事実となり得る可能性)
接続法は現在・アオリスト・現在完了の変化しかない。
[例] γράψῃς 「あなたは書く(かもしれない,とすれば)」
主文における用法
- (勧誘:一人称複数)「~しよう」
- (勧誘:一人称単数)「私が~しよう、私が~してあげよう、私に~させよ」
- (禁止:アオリスト二・三人称)「(まだ動作をしてない人に対して)~しようとしてはならない」
- (思案・当惑:一人称)「私は~しているのだろうか」
- (強否定:οὐ+μή+アオリスト)「絶対に~しない、決して~しない」
副文(従属節)における用法
- (目的:ἵναかὅπως+)「~するために、~するように」
- (恐怖や危惧:μὴ+)「~するのではないか」
- (条件文:ἑάν+)「(事実となる可能性として)~するのなら」
- (関係条件文:関係代名詞・関係副詞+)「~するならば、そのものは・・・」
◇希求法(optative)
話者が動作をかなり疑い、弱い可能性として述べる。(実現可能な願望)
[例] γράψαις 「あなたが書いて(くれるように、くれればよいが)」
◇命令法(imperative)
話者が動作を相手に要求する。(可能性としては最も低い)
[例] γράψον 「書きなさい」
用法
- (命令・指示)「~しなさい」
- (許可・不許可)「~するがよい」
- (懇願・請願)「~して下さい」
- (禁止・現在時称)「~するのをやめなさい」
- (対照・アオリスト時称)「(今後こそ)~しなさい」
◆時称(tense)
時称は現在、未来、未完了過去、アオリスト、現在完了、過去完了、未来完了の七つ。
これらは「本時称」と「副時称」の二つに大別することができる。
本時称は現在、未来、現在完了、未来完了の四つで、現在と未来に関わる時称。
副時称は未完了過去、アオリスト、過去完了の三つで、過去に関わる時称である。
ギリシャ語の動詞は時間とは関係なく、動作を話者自身が主観でどのような形で捉えているかが基準となる。
この形を「アスペクト(様相)」(aspect)と呼ぶ。
- 線アスペクト(―) 動作を継続・進行・反復と捉えている様相。
- 点アスペクト(・) 動作を瞬間・一塊と捉えている様相。
- 点・線アスペクト(・―) 動作を完了した動作の結果として捉えている様相。
アスペクト(aspect) |
本時称(primary tenses) |
副時称(secondary tenses) |
(―) |
現在(present) |
未完了過去(imperfect) |
(・) |
未来(future) |
アオリスト(=不定過去)(aorist) |
(・―) |
現在完了(perfect) |
過去完了(=大完了)(pluperfect) |
未来完了(future perfect) |
|
◇現在(present)
動作が完了せずに、現在において継続・進行・反復している状態。
また動作を現在、一塊・瞬間として表すこともある。
ただし、「現在」の時間規定を持つのは直説法の変化だけで、
接続法・希求法・命令法・不定詞・分詞の変化では時間規定は欠如する。
[例] λύω 「私は解いている、解き続ける、解きつつある」
直説法の用法
- (進行)「~している、~しつつある、~しかけている」
- (継続)「~し続ける、ずっと~している」
- (習慣・反復)「~する習慣だ、よく~するものだ、いつも~している、~してばかりいる、~を繰り返している」
- (意欲・志向)「~しようとする」
- (完了的)「(すでに)~している」
- (未来的)「~する(ことになっている)」
- (歴史的)「イエスは~言われる」(過去の出来事を話の中で今起きたかのように劇的に言う)
- (点的)「~する」
命令法と接続法の用法
- (命令)「(ずっと)~していなさい、~し続けなさい、~しなさい」
- (禁止)「~するのをやめなさい、中断しなさい」
- (奨励)「~し続けよう」
◇未完了過去(imperfect)
動作が完了せずに、過去において継続・進行・反復していた状態。
未完了過去時称の動詞の変化は直説法だけしかない。
[例] ἔλυον 「私は解いていた、解き続けていた、解きつつあった」
用法
- (進行)「~していた、~しつつあった、~している所だった」
- (継続)「~し続けていた」
- (習慣・反復)「~する習慣だった、よく~したものであった、いつも~していた、~してばかりいた、~を繰り返していた」
- (意欲・志向)「~しようとした、~するつもりだった、~しようと試みた」
- (起動・未完結)「~しかけた、~し出した、~し始めた」(~し始めたまま、完了していない状態を表す)
- (同一語)「~こう言われた、『・・・』」(発言の内容を導く)
◇未来(future)
動作が将来確かに起こる状態。
未来時称はアスペクトを持たず、時間的関係を表すのみである。
[例] λύσω 「私は(必ず)解くだろう」
用法
- (単純)「~する(ことになっている)、~するだろう、きっと~する、(今後も)~し続ける」
- (意志)「~しよう、~してやろう」
- (命令・禁止)「~するようにしなさい、~しようとしてはならない」
- (格言)「~するものだ」
◇アオリスト=不定過去(aorist)
動作が過去のある時点に、単に起きた状態。
また話者が主観でその動作を一塊の全体として、または瞬間として捉えた状態。
ただし、「過去」の時間規定を持つのは直説法の変化だけで、
接続法・希求法・命令法・不定詞・分詞の変化では時間規定は欠如する。
[例] ἔλυσα 「私は解いた」
直説法の用法
- (総括)「~した、(ある時期全体で)~した、(ある瞬間)~した」
- (進入・開始)「~になった」
- (成就・達成)「(達成)~した、~してしまった」
- (劇的)「彼は栄光を受けたのだ」(現在起こっていることをすでに成就した事実かのように劇的に言う)
- (格言)「~するものだ」
- (書簡受取人へ)「彼を送った次第です」(記者にとっては現在進行中の事柄を、手紙を受け取った人の時点に立って言う)
命令法と接続法の用法
- (命令)「(これからは)~しなさい、~をやりとおせ」
- (禁止)「(まだ動作をしていない人に対して)~しようとしてはいけない」
- (奨励)「(これからは)~しよう」
◇現在完了(perfect)
動作がすでに完了し、その結果が現在も継続している状態。
継続でも過去でもなく、今現在の結果に重点が置かれる。
ただし、「過去」の時間規定を持つのは直説法の変化だけで、
接続法・希求法・命令法・不定詞・分詞の変化では時間規定は欠如する。
[例] λέλυκα 「私は(すでに)解いてしまっている、解いてしまった」
用法
- (結果・効果持続)「~してしまっている、~したままだ、~してある」
- (経験)「~したことがある」
- (慣用・現在的)「~している」
- (成就・達成)「~してしまった」
- (歴史・アオリスト的)「~した、~したのである」
- (格言)「~したものである」
◇過去完了=大完了(pluperfect)
動作がすでに完了し、その結果が過去に継続していた状態。
継続でも過去でもなく、過去の結果に重点が置かれる。
過去完了時称の動詞の変化は直説法だけしかない。
[例] λελύκειν 「私は(すでに)解いてしまっていた」
用法
- (結果・効果持続)「~してしまっていた、~したままであった、~してあった」
- (慣用・未完了的)「~していた」
- (成就・達成)「~してしまったのであった」
◇未来完了(future perfect)
動作が未来に完了する状態。
新約聖書中は一度しか登場しない。
「人はすべて、私を知り尽くした者となるからだ」。(ヘブライ8:11)
最終更新:2017年06月11日 02:10