ヘブライ語文法 文字と母音記号
◆目次
◆表記法
ヘブライ語のことはヘブライ語でעִבְרִית(イブリート)と呼ぶ。
ヘブライ語の文字は全てが子音であり、母音は母音記号を文字の下や上に付けることで区別する。
子音文字をアーレフベート(אָלֶף־בֵּית)、母音記号をニックード(נִקּוּד)と呼ぶ。
ヘブライ語の文章は現代日本語とは逆で右から左に読む。
◆アーレフベート
ヘブライ語のアーレフベート(אָלֶף־בֵּית)は全て子音で、22字からなる。
文字は、①通常形、②ダーゲーシュ・カル入り、③終止形(ソーフィート)である。
文字 |
名称 |
音写 |
数価 |
① |
② |
③ |
|
ローマ翻字 |
日本語 |
|
א |
|
|
アーレフ אָלֶף |
’ |
ア行 |
1 |
ב |
בּ |
|
ベート בֵּית |
bh(v),b |
ヴァ行、バ行 |
2 |
ג |
גּ |
|
ギーメール גִּימֵל |
gh,g |
ガ行、ガ行 |
3 |
ד |
דּ |
|
ダーレト דָּלֶת |
dh,d |
ダ行、ダ行 |
4 |
ה |
|
|
ヘー הֵא |
h |
ハ行 |
5 |
ו |
|
|
ワーウ וָו |
w |
ワ行 |
6 |
ז |
|
|
ザイン זַיִן |
z |
ザ行 |
7 |
ח |
|
|
ヘート חֵית |
ch |
ハ行 |
8 |
ט |
|
|
テート טֵית |
t |
タ行 |
9 |
י |
|
|
ユード יוֹד ;יוּד |
y |
ヤ行 |
10 |
כ |
כּ |
ך |
カーフ כָּף |
kh(x),k |
カ行、カ行 |
20 |
ל |
|
|
ラーメド לָמֶד |
l |
ラ行 |
30 |
מ |
|
ם |
メム מֵם |
m |
マ行 |
40 |
נ |
|
ן |
ヌーン נוּן |
n |
ナ行 |
50 |
ס |
|
|
サーメク סָמֶךְ |
s |
サ行 |
60 |
ע |
|
|
アイン עַיִן |
‘ |
ア行 |
70 |
פ |
פּ |
ף |
ペー פֵּא |
ph(f),p |
ファ行、パ行 |
80 |
צ |
|
ץ |
ツァーディー צָדִי |
ts |
ツァ行 |
90 |
ק |
|
|
コーフ קוֹף |
q |
カ行 |
100 |
ר |
|
|
レーシュ רֵישׁ |
r |
ラ行 |
200 |
שׁשׂ |
|
|
スィーン、シーン שִׁין |
s,sh |
サ行、シャ行 |
300 |
ת |
תּ |
|
ターウ תָו |
th,t |
タ行、タ行 |
400 |
תפכדגבの六文字には別形態がある。
すなわち、תּפּכּדּגּבּのように点(ダーゲーシュ・カルという)が打たれた文字である。
点のない文字は軟音で[bh][gh][dh][kh][ph][th]と発音する。
[gh][dh]は実際の発音は変わらず、[bh]は[v]、[kh]は[x]、[ph]は[f]の音になる。
点が打たれる文字は硬音となり、[b][g][d][k][p][t]の音になる。
צפנמכの五文字には終止形(ソーフィート:סוֹפִית)がある。
すなわち、単語の語尾に来る時にはそれぞれץףןםךと表記される。
א(アーレフ)は無声であり、母音記号による母音だけが聞こえる。
よって音写は気息記号(’)で書かれる。
שׂとשׁは本来一つの字であったが、いつからか発音が変わった。
◇音韻の分類
喉音 |
עחהא |
(ר) |
口蓋音 |
קכינ |
舌音 |
תרנלטד |
歯音 |
שׁשׂצםז |
唇音 |
פמוב |
רは舌音だが文法上は喉音に分類される。
◆母音
◇母音文字
ヘブライ語のアーレフベートは全て子音のみであり、母音表記はなされなかった。
今日でもユダヤ人の会堂で朗読される聖書には母音記号は付されていない。
しかしながら、הויの三文字が「準母音字」として用いられている。
いずれも長母音である。
הは(アー)
יは(イー)と(エー)
וは(ウー)と(オー)
これらは子音と母音の両方を表すため、「母音文字」と呼ばれる。
◇母音記号(ニックード)
音 |
長母音 |
短母音 |
複合シェワー |
単純シェワー |
|
記号 |
名称 |
発音 |
記号 |
名称 |
発音 |
記号 |
名称 |
発音 |
記号 |
名称 |
発音 |
ア |
ָ |
カーマツ・ガードール קָמַץ גָּדוֹל |
アー |
ַ |
パッターフ פַּתָּח |
ア |
ֲ |
ハタフ・ヒーリーク חֲטַף חִירִיק |
ァ |
|
|
|
イ |
יִ |
ヒーリーク・マレー חִירִיק מָלֵא |
イー |
ִ |
ヒーリーク חִירִיק |
イ |
|
|
|
|
|
|
ウ |
וּ◌ |
シュールーク שׁוּרוּק |
ウー |
ֻ |
クブーツ קֻבּוּץ |
ウ |
|
|
|
|
|
|
エ |
ֵ |
ツェーレー צֵירֶה |
エー |
ֶ |
セゴール סֶגוֹל |
エ |
ֱ |
ハタフ・セゴール חֲטַף סֶגוֹל |
ェ |
ְ |
シェワー・ナー שְׁוָא נָע |
|
エ |
יֵ |
ツェーレー・マレー צֵירֶה מָלֵא |
シェワー・ナーフ שְׁוָא נָח |
無音 |
オ |
ֹֹ |
ホーラーム חוֹלָם |
オー |
ָ |
カーマツ・カーターン קָמַץ קָטָן |
オ |
ֳ |
ハタフ・カーマツ חֲטַף קָמַץ |
ォ |
|
|
|
וֹ◌ |
ホーラーム・マレー חוֹלָם מָלֵא |
|
|
|
ヘブライ語は子音字の下や上に母音記号を付けることによって正確な発音を表記する。
この母音記号は「ニックード」(נִקּוּד)と呼ばれる。
長母音は(アー・イー・ウー・エー・オー)と長く発音する。
短母音は(ア・イ・ウ・エ・オ)と短く発音する。
シェワーはさらに短く(ァ・ェ・ォ)と発音する。
「マレー」は子音を補助記号とする場合に付けられる。
語末は母音記号なしの場合が多いが、その場合は子音だけで軽く発音するか、もしくはほぼ聞こえない。
◇シェワー
とֱֲֳ の記号はシェワー(שְׁוָא)と呼ばれる。
シェワーには単純シェワーְと、複合シェワーֱֲֳ がある。
◇単純シェワー
単純シェワーְ はシェワー・ナー(有音)とシェワー・ナーフ(無音)のいずれかである。
シェワー・ナー
シェワー・ナーは短く(ェ)と発音する。単純シェワーが有音となる条件は以下である。
•語頭にある時נְבָלָה(nebhalah)ネヴァーラー「愚かさ」
•アクセントのない長母音の後קָטְלָה(qatelah)カーテラー「彼女は殺した」
•二つ続くシェワーの二番目יִרְמְיָה(yirmeyah)イルメヤー「エレミヤ」
•ダーゲーシュ・ハーザールの文字םִפְּרוּ(sippelu)シッペルー「彼らは語った」
シェワー・ナーフ
シェワー・ナーフは音節を閉じて無音となる。単純シェワーが無音となる条件は以下である。
•二つ続くシェワーの一番目יִרְמְיָה(yirmeyah)イルメヤー「エレミヤ」
•短母音の後 קִרְיָה(qiryah)キルヤー「町」
•アクセントのある長母音の後לֵכְנָה(leknah)レークナー「行きなさい」
•単語の終わりのシェワーמֶלֶךְ(melek)メレク「王」
◇複合シェワー
単純シェワーは喉音רעחהאの文字に付く時、複合シェワーになる。
このように複合シェワーは単純シェワーに短母音を組み合わせたものである。
短母音より短く(ァ、ェ、ォ)と発音する。
•אֱלֹהִים(yelohim)エローヒーム「神(々)」
◇パッターフ・ガーヌーヴ
パッターフ・ガーヌーヴ(פַּתַח גָּנוּב)は「潜入パタフ」とも呼ばれる。
これはעחהּの文字が単語の最後にあり、
且つ直前の文字がカーマツָָ以外の長母音の時の原則である。
例えば、רוּחַ「霊」は(ruha:ルーハ)ではなく(ruah:ルーアハ)と読まなければならない。
このような場合は子音よりも先に母音を発音する。
◇マピーク
喉音文字הが語尾にあってהּになることがあるが、この点をマピーク(מפיק)と呼ぶ。マピークがある時は、準母音でなく子音であることを示す。
◇ダーゲーシュ
ダーゲーシュ(דָּגֵשׁ)とはבּのように文字の真ん中に打たれる点のことである。
ダーゲーシュには「ダーゲーシュ・カル」(דָּגֵשׁ קַל)と「ダーゲーシュ・ハーザーク」(דָּגֵשׁ חָזָק)がある。
これは一般に「弱ダゲッシュ」「強ダゲッシュ」と呼ばれる。
◇ダーゲーシュ・カル
ダーゲーシュ・カルが打たれる文字はתּפּכּדּנּבּの六文字である。
これらのダーゲーシュ入りの文字は硬音となり、[h]の音が抜けて[b][g][d][k][p][t]の音になる。
ダーゲーシュ・カルは語頭、また語中ではシェワー・ナーフ(無音シェワー)の後に打たれる。
•語頭 תּוֹרָה(torah)トーラー「律法」
•語中(シェワー・ナーフの後)מִדְבָּר(midebar)ミデバール「荒野」
◇ダーゲーシュ・ハーザーク
ダーゲーシュ・ハーザークは喉音(רעחהא)以外の全ての文字の中に打たれる。
これは文字を強く、二度発音することを示す。小さな「ッ」が入る感じになる。
•מַצָּה(massah)マッツァー「無酵母パン」
ダーゲーシュ・ハーザークには三つの機能がある。
•(1)文字の補充
発音の関係で本来あった文字が吸収される場合。(נの文字が吸収される場合が多い)
•אַתָּה(attah)アッター ← אַנְתָּה(antah)アンター 「貴方は」
•(2)強意
動詞のピエール、プアル、ヒトパエル態は共通して強意の意味がある。
それはちょうど「蹴飛ばす」よりも「蹴っ飛ばす」、「つつく」よりも「つっつく」の方が意味が強まるのと似ている。
•(3)発音補助
マケーフという水平線が単語を連結した時に、連結した最初の文字にダーゲーシュを付ける。
この場合、二度発音しないで、一度だけ発音するので、「結合のダーゲーシュ」とも呼ばれる。
•לְכָה־נָּא(lekah-na)レカー・ナー「どうか来てください」
◆音節とアクセント
◇開音節と閉音節
「音節」とは一個の母音の助けで発音される一文字、または数文字のことである。
母音の数と音節の数は同じである。
音節には「開音節」と「閉音節」がある。
「開音節」は母音で終わる音節であり、「閉音節」は子音で終わる音節である。
•יַלְדָּה(yal-dah)ヤル・ダー「女の子」 「ヤル」(yal)は閉音節で、「ダー」(dah)は開音節。
原則として「開音節」は長母音であり、「閉音節」は短母音である。
しかしアクセントがあれば、逆になることもある。
母音記号カーマツはこの法則に従って発音が変わる(「母音記号カーマツ」の項を参照)。
◇アクセント
ヘブライ語のアクセントは強勢アクセントであり、アクセント部分を強く発音する。
辞書などでは文字の上に < とアクセント記号が付してある。
アクセントは詠唱符号が置かれている音節にあるので、それで見分ける。
アクセントが最後の音節にあるものを「ミルラー」(מִלְּרַע)と呼ぶ。
アクセントが最後から二番目の音節にあるものを「ミルエール」(מִלְּעֵיל)と呼ぶ。
ヘブライ語ではほとんどがミルラーである。
◇母音記号カーマツ
母音記号カーマツは、「アー」と「オ」を両方に使われるので、区別する必要がある。
開音節(母音で終わる音節)であれば「アー」である。
閉音節(子音で終わる音節)の場合、アクセントがあれば「アー」、なければ「オ」になる。
「アー」と発音するものを「カーマツ・ガードール」、「オ」と発音するものを「カーマツ・カーターン」と呼ぶ。
◇メテグ
メテグ(מֶתֶג)とは、例えばוַֽיְהִיの垂線のこと。
この記号は発音の際にいったん休息することを示す。
•וַֽיְהִי(way-hi)ワイヒーではなく、(wa-yehi)ワ・エヒーと読む。
•メテグがある音節は開音節であることを示す。したがってメテグの次のシェワーはシェワー・ナー(有音)となる。
•カーマツが(アー)の読みであることを示すが、(オ)の読みとなる例外もある。
◇マケーフ
マケーフ(מַקֵּף)は、例えばמֶֽלֶךְ־יִשְׂרָאֵ֖לの水平線で、単語を連結しているものである。
この記号は二つの語が意味上密接な関係にあることを示し、アクセントは最後の言葉だけになる。
•מֶֽלֶךְ־יִשְׂרָאֵ֖ל(lemek-yisrael)メレク・イスラーエール「イスラエルの王」
◇ラフェー
ラフェー(רפה)とは、
פֿのように文字の上の水平線のことで、
本来はפּ(ダーゲーシュ・ハーザーク入り)の文字を、反復なしで読ませる時に付ける。
◇ケティーヴとケレー
ケティーヴ(כְּתִיב)とケレー(קְרֵי)。
ヘブライ語聖書では、写本の誤りの修正は余白や脚注に書かれるが、誤った本文自体は変えないという習慣があった。
無修正の語はケティーヴ(「書かれている」の意味)と言い、余白や脚注で修正された読みをケレー(「読まれるべき」の意味)と言う。
母音記号が開発されてから、ケティーヴでは子音文字は一切変えずに、正しい母音記号だけを付すようになった。
これによって一見音読不可能な文字に遭遇することになるが、そのような時は余白や欄外脚注を見なければならない。
補足
故意に異なる読みをする場合では、神名であるיהוה(YHWH)は、あまりに神聖なものと扱われるので文字通りに発音されない。
代わりにאֲדֹנָי(adonay)アドーナーイ「主」と発音するので、
יהוה(YHWH)にアドーナーイの母音記号(ァ・オー・アー)を付ける。
そうするとיְהוָֹה(yehowah)イェホーワーとなる。
ァがェに変わるのは、アドーナーイでは一文字目のアーレフは喉音子音なので複合シェワーであったが、
YHWHでは喉音子音以外のユードに変わったので、複合シェワーが単純シェワーになるからである。
またこの単純シェワーは語頭にあるのでシェワー・ナー(有音)となり、短いェとなる。
また、母音記号ホーラームはホーラーム・マレーと変わってワーウの所に移動する。
しかし、これは子音字ワーウに母音記号二つ(ホーラーム・マレーとカーマツ・ガードール)が付くという音読不可能な文字なので、ケティーヴと見なされなければならない。
しかし、ケティーヴであると知らなかった故に西洋ではYehowah(イェホーワー)と読まれるようになった。
ただし古典英語ではYはJで、WはVで発音したので綴りはJehovahである。
現代英語ではJehovah(ジェホーヴァー)と発音が変化し、日本語ではヱホバ、またはエホバと呼ばれている。
יהוהの本来の読みは失われ、未だ不明であるが、
学者の間ではיַהֲוֶה(yahaweh)ヤハウェ、あるいはיַהְוֶה(yahweh)ヤーウェであろうと推定されている。
最終更新:2017年06月11日 02:25