鬼質時代区分表

「鬼質時代」とは日本における妖怪たちの発生、進化、分化の流れを年代順にみたものである。ただし、妖怪たちには複数の進化系統が存在しており、ここに示されるものはあくまでも標準な目安である。

神代 Ancient era

もっとも原初にあたる区分で、時代を遡ることが出来る限界点である。

▼岩戸紀(いわとき) Iwato period

世界が出来始めの頃から、神様たちが国造りや子作りをしてた頃。

▼葦原紀(あしはらき) Ashhara period

大和朝廷が出来上がった頃から、宣化天皇の頃。「鬼」が見られるほか、各地で吉凶の兆しとして動物の妖怪が出た。

大和代 Yamato era

▼寺つつき紀(てらつつきき) Teratutuki period

仏教渡来、飛鳥時代の頃から、平城遷都の頃まで。推古天皇の頃、日本へやって着た曇徴などによって仏画などの絵画技術が多く伝わった。
物部守屋が死後に数千万羽の啄木鳥(きつつき)に変じて寺院を害したという話から。

▼鎮護国家紀(ちんごこっかき) Tingo-kokka period

平城京の頃。
「神代」の記録が実際つくられたのはこの頃である。(『古事記』(712)『日本書紀』(720))

平安代 Heian era

▼霊異紀(りょういき) Ryo-iki period

平安遷都の頃。『日本霊異記』(9c)などをはじめとした説話集など。
因果応報や地獄の裁判など、天竺や唐からの文化の輸入が多くみられる。

▼化鳥紀(けちょうき) Kecho period

院政や源平の頃。『保元物語』(13c)、『平家物語』(13c)の中で描写されている時代。
御所の上空にあらわれた鵺(ぬえ)などの化鳥(けちょう)から。
花山天皇の頃(10c)に描かれた「めかこう」の絵(参考 『嬉遊笑覧』)があるなど、「前絵巻紀」との区別はあまり明確に出来ない。

各地方にある自然物の由来に、源平の武士や弁慶、曽我兄弟、鎌倉景政などが使われるようになった限界点はこの「化鳥紀」である。これ以前は何であったか、たどれるものもあれば、たどれぬものもある。佐渡にある弁慶のうんこが石になったという大きな石なども、弁慶以前は大太法師のようなものが由来に使われていたかも知れぬのー。

鎌倉代 Kamakura era

▼前絵巻紀(ぜん-えまきき) Lower Emaki period

『地獄草紙』(12c)や『餓鬼草紙』(12c)など、六道や縁起を中心に絵巻物がひろく描かれていた頃。
天竺などから仏画とともに流入して来た獄卒などの画像細胞を受けて、鬼が姿を持ち出すのもこの頃であるが、まだ種々様々な姿が描かれていた。

▼著聞紀(ちょもんき) Chomon period

『古今著聞集』(13c)や『宇治拾遺物語』(13c)などをはじめとした13世紀頃の説話集など。
この時代までの鬼や天狗、狐、狸、唐猫などが確認出来る。

足利代 Ashikaga era

大いに進化が進んだ「徳川代」へのきざしを涵養した鬼質時代である。

▼軍談紀(ぐんだんき) Gundan period

『太平記』(14c)などの軍記物語が多くしるされた頃。
ここから分化して、野菜と魚が戦う『精進魚類物語』(14c?)や鳥たちが争う『鴉鷺合戦物語』(15c?)などもつくられている。

▼猿楽紀(さるがくき) Sarugaku period

説教、猿楽・能などが発達した頃。説教や能には幽霊が割合い多く登場している。
「軍談紀」と呼応して、花たちが戦う『花軍』、果物たちが争う『菓争』などの曲もつくられている。

▼おとぎ紀(おとぎき) Otogi period

「徳川代」にそのまま連結している。

●おとぎ世(おとぎせい) Otogian

絵巻物や奈良絵本など、お伽草子に類するもの。神、仏、鬼、天狗、動物、植物など多くのものが揃った頃。鬼や天狗の姿がほぼ固まった。
大江山の鬼退治を描いた『大江山絵詞』(14c)をはじめ、 付喪神や百鬼夜行の絵巻物もこのあたりに発生しており「中絵巻紀」を設ける場合、このあたりが適当な時代にあたる。

●はなし世(はなしせい) Hanasian

昔話に留まらず、その時代の笑い話やふしぎな話を、広く語ったり集めたりした頃。

徳川代 Tokugaea era

「徳川代」の各紀(絵巻紀・院本紀・絵本紀・著聞紀)は並立しており、互いに混淆をしつつ進化を進めていったと考えられている。

▼後絵巻紀(ご-えまきき) Upper Emaki period

土佐家や狩野家によって『百鬼夜行絵巻』などが描かれていた頃。徳川代に入ってから妖怪の絵の形が増えていった。
「徳川代」に栄えたが原初は「足利代」に存在しており、江戸時代中期以後に描かれた絵巻物(松井文庫『百鬼夜行画巻』、各種来歴が不明な妖怪絵巻など)と区分するために、こちらを「中絵巻紀」に含める場合もある。

▼明清紀(みんしんき) Ming-Qing period

明や清あるいは南蛮から輸入されたものが幅広く流入していった頃。『怪談全書』(1698)など。
『三才図会』や『山海経』など輸入されていたのがこの頃。『山海経』は17世紀後期には日本でも刊行された。
明から渡って来た『剪灯新話』などにあった妖怪(牡丹灯篭など)は、『伽婢子』(1666)や『奇異雑談集』(1687)などを通じ
て日本に移された。

▼前絵本紀(ぜん-えほんき) Lower Ehon period

仮名草子、浮世草子、好色本、赤本、黒本、軍記物語、実録本などの頃。
軍記物語では『前太平記』(1681)や『前々太平記』(1715)などがつくられ「平安代」から「足利代」にかけてのものが広められた。実録本は軍記物語と並んで講釈畑で進化をつづけ、幽霊や猫又、狒々の分布を広めていき、「院本紀」の後期や「後絵本紀」に大きく影響を与えた。
浅井了意の『かなめ石』(1662?)は地震と要石との連絡が見られる古い年代のものである。
17世紀後半からは、江戸でも赤本、黒本、好色本などが生産されるようになり、上方以外にも鬼質測定可能層が出来た。

▼院本紀(まるほんき) Maruhon period

浄瑠璃や歌舞伎などが大いに発達した頃。
後期、幽霊たちに顔の変わるもの(累(かさね)からの進化)、足の無い物が多く出ていったが、初期には「猿楽紀」から進化した生者の仮姿をはじめ、杖突、逆様、煙中などの形が存在した。

▼新著聞紀(しん-ちょもんき) Upper Chomon period

各地方の噂話を集めたり、詳しい地誌などが編まれはじめた頃。『諸国里人談』(1743)『新著聞集』(1749)など。
考証や西洋からの文化の輸入などの要素が加わっていった『兎園小説』(1825)などの随筆が書かれた頃を「新々著聞紀」とする場合も。
「近代」以後に確認領域が拡大していく地方の妖怪たちの伝承細胞の古い部分は、このあたりまでは正確に遡る事が可能である。

▼後絵本紀(ご-えほんき) Upper Ehon period

青本以後の絵草紙、読本の頃。
「前絵本紀」にみられた、「豪傑に蹴散らされるだけ」や「人々をおどかすだけ」という形ではない、進化が認められるものが発生している点が「後絵本紀」の特色である。一方、これらと並行して「前絵本紀」の流れをくむ進化も続いた。

●ももんじい世(ももんじいせい) Momonzian

『当世故事付選怪興』(1775)などの洒落本から先の頃。それまでの妖怪などに加え、言葉や人間の有様をデザインした妖怪や、妖怪の生活を描いたものなどへの進化が見られる。
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(1776)以下の各冊はここまでの「徳川代」の各紀のものがそれぞれ含まれている。

●野風世(のかぜせい) Nokazean

合巻、読本などの頃。「明清紀」や「新著聞紀」などから進化したものが多く、「院本紀」の妖怪や幽霊たちも多く亜種分化をした。
『天縁奇遇』(1812)に出て来る体に大量の口が出来てしまう野風(のかぜ)から。

●しゅもく世(しゅもくせい) Shumokuan

「野風世」と同時に分化あるいは進化をしたもの。絵草紙や豆絵(おもちゃ絵)などに広く描かれるようになった。
「ももんじい世」ころに発生し、この頃に名前が与えられ多く描かれていた撞木娘(しゅもくむすめ)から。

近代 Modern era

「徳川代」の絵巻紀・院本紀・絵本紀・著聞紀が並立した上に存在している。

▼開化紀(かいかき) Kaika period

機関車に化けた狸や、戯文に登場する鯰公など、「徳川代」に存在した以外の西洋の文化が多く入ってきた頃。
こっくりさんは、明治16-20年ころにアメリカから流入している。(参考 宮武外骨「奇事流行物語」)

▼圓國紀(えんこくき) En-Koku period

円国紀。井上圓了によるScience(科学)、柳田國男によるFolklore(民俗学)による照らし出しが起きた頃。日本各地方の生の伝承細胞が多く観測出来るのはこの時代以後のものである。「新著聞紀」を直接受けている。
Folklore(民俗学)の発達による大幅な妖怪の流通から、「開化紀」に「圓了世」を入れこちらを「國男紀」と称する場合もある。

▼新おとぎ紀(しん-おとぎき) Upper Otogi period

「足利代おとぎ紀」に発生したものが新たに進化したり、世界各地から輸入されたものが流入していった頃。
ノルウェーのHellig-Olav(聖オーラフ)の話が翻案されて『大工と鬼六』になったりしている。(参考 櫻井美紀「「大工と鬼六」の周辺」)

現代 Contemporary

以下の5紀は近代以後の妖怪の主流となった「圓國紀」と、その支流として存在する「新おとぎ紀」の流れと並行して進化をしている。

▼ぬらりひょん紀(ぬらりひょんき) Nurarihyon period

江馬務、藤澤衛彦あるいは吉川観方らによる「絵巻紀」や「絵本紀」の妖怪たちの蘇生・発達がつづいた頃。
「圓國紀」からの影響か「徳川代」に発生した画像細胞のみだった妖怪が独自の進化へと進んでゆくきざしがこの紀に散見されている。
藤澤衛彦『妖怪画談全集』日本編(1929)にあるぬらりひょんの解説から。

▼びろーん紀(びろーんき) Biron period

「ぬらりひょん紀」に発達した妖怪たちが独自の進化を果たした頃。画像細胞を主としていた妖怪たちが多く栄えた。
佐藤有文『日本妖怪図鑑』(1972)などに見られるびろーん(「徳川代」に描かれたと思われる妖怪を遺伝子組み換えしたもの)から。

▼わいら紀(わいらき) Waira period

「圓國紀」に発達した妖怪たちを主として独自の進化を果たした頃。前2紀で発達した妖怪たちもある程度ふくまれるが、多くは伝承細胞を発達させたものが栄えた。
山田野理夫『おばけ文庫』(1976)などに見られるわいらの説話から。

▼口裂紀(くちさけき) Kutisake period

口裂女(くちさけおんな)など「近代」までに発達して来た伝承細胞をもつもののうち、「びろーん紀」に起きた一部の過剰な怪奇進化を経たものが多く見られる頃。紫陌に唱えるところのUrban legend(都市伝説)にあたる。流言などを介して拡がる事が多いが、種類の割りに長期間にわたって栄える数は少ない。

▼空亡紀(そらなしき) Soranasi period

近代以前に発達した妖怪たちと、現代の各紀に進化した妖怪たちが混在している中で、さらに新しい進化などが見られる。
新発生であれ、進化であれ、その様相はこれまでの鬼質では徳川期の「後絵本紀」に近い。

鬼質用語

区分単位

代・紀・世・期の順に設定する。

人間たちによる生活環境や文化水準の変化が行われたあたりを基準としている。「代」が進むと同時に画然たる変化を生じる場合はあるが、妖怪は発生後「代」をまたいで進化をつづけてゆくので、区分の変化と同時に消滅することは地球環境に甚大な変化が無い限りあまり見られない。この「代」の名称を冠してそれぞれの鬼質時代の妖怪たちを「――代妖怪」と称する。(神代・近代・現代以外の「代」では「代」を略して表記する場合が多い)

「代」の中に見られる大きな潮流を基準としている。主に文化面での変化が多い。なぜかというと年代測定の多くは書物頼りだからです。化石でしか太古がうかがえぬのと同様、出来ぬものは仕方があんめェ。

「紀」の中に見られる顕著な変化を基準としている。よっぽどの特筆点がないとここまで細かくする必要はない気がします。

「世」をさらに小わけパックにしたもの。あんまり多いと何がなんだか分かんなくなりそう。にへっ。

細胞(細朦)

伝承細胞

妖怪の基本をかたちづくっている要素。これが豊富なほど栄えていると言え、その時代測定の援けになるが、一部の妖怪をのぞき「近代」以前の妖怪(特に細かい地方別のもの)は多くの純粋な伝承細胞が失われており、正確な測定が困難な場合も多い。

画像細胞

妖怪の外見を構成している要素。怪火をはじめ、古くからこれを持つ妖怪も存在するが数は少ない。「現代ぬらりひょん紀」以後からその発達が顕著になる。「徳川代」以後には伝承細胞をほとんど持たず、画像細胞のみで発生した妖怪も存在する。



最終更新:2018年01月11日 20:15