バトル・ロワイアル。
 岸波白野は静かに、その単語を口に出した。
 彼女は魔術師だ。ムーンセル・オートマシンの中枢に繋がり、その手でムーンセルを封印した最弱のマスター。
 月の聖杯戦争をその手で終局へ導き、正式に月の裏側の物語の制覇を成し遂げた――筈だった、のだが。
 突如として白野の目の前に広がった、常闇の世界。
 そこに光明が射したかと思えば現れたのは見覚えのある、黒衣の神父……言峰綺礼。その双眸に確かな嗜虐の色を輝かせて、彼は言った。曰く、殺し合い。あらゆる願望を成就させる権利を懸けた血で血を洗う蟲毒の宴。

 「質悪すぎでしょ、こんなの……」

 聖杯を巡る争いも大概に猛悪なものであったが、趣向の悪辣さという点では此方が明らかに勝っていた。
 時折脅かされる事こそあれど、あちらはマスターとサーヴァント、二人一組同士の決闘という体裁をまだ保っていた――この蟲毒にはそれすらもない。出口だけを念入りに塞ぎ、殺戮も背徳も好きにせよと采配を擲った無法地帯だ。
 臆病風に吹かれ縮こまっているのは論外だが、慢心を曝け出し無防備に出歩こうものなら未来は一つ。
 如何に聖杯戦争を制した経歴があるとはいえ、今の岸波白野の隣には、共に長い戦いを馳せてきた赤い外套の相棒(サーヴァント)はいない。何の心得もない一般人にあっさり殺されてしまう程腑抜けた醜態は晒さねど、力の差が歴然すぎる相手を前にしたその時どうなるかは自明の理だ。
 努めて慎重に。常に視えない銃口が突きつけられている、そんな死のイメージを頭の中に描きながら行動しよう。
 胸に手を当て、深呼吸を一つ。
 酸素を肺の隅々まで行き渡らせる作業を何度か繰り返すと、自然に胸の厭な高鳴りは消えていた。
 取り急ぎ支給品を確認している最中に手に入れた、魔力の籠っているらしい短剣を護身用に握り締め、白野は顔を上げる。視線の先にあるのは、近未来的なものを感じさせる大きな施設だ。
 管理局本部――いったい何を管理しているのだろうと、ほんの僅かな疑問を抱いたが……何の手がかりもなしにぶらぶらしているよりかは中を少しでも調べてみた方が賢明だ。

 扉の向こう、よく整備された小奇麗な床に一歩を踏み出す。
 地図を見る限りこの島の施設配置や地理は滅茶苦茶だ。恐らく各参加者に縁や所縁のある施設、土地を模倣して配置した、いわば張りぼてなのであろうが……流石によく出来ている。白野は場違いな感嘆の念を抱いた。
 ただ、何に使われているのかはどうしてもイメージが湧いてこなかったが。病院にしてはそれらしき部屋が何処にも見当たらないし、きっとこうやって予想することにも大した意味はないだろうと早々に思考を投げ捨ててしまった。

 ――けれど、なんだかとても気分がいい。

 こんな場所で、こんな状況でそんな感情を抱くのは不謹慎なのかもしれなかったが、岸波白野の中にある程度発散したとはいえ残留していた暗鬱とした思いは、この施設に足を踏み入れた途端何処かへ消え去っていた。
 まるで可憐な百合の咲き乱れる花畑を歩いているかのよう。気分は落ち着き、さも平穏な日常を謳歌しているようなありえない錯覚すら覚え始めかける。そうこうしつつ歩む内、白野は食堂らしきフロアに立ち止まった。

 (……誰かいるの?)

 何しろ静まり返った夜闇の底だ、物音がすれば小さなものであっても自ずと気付く。
 白野の耳に入ったのは陶器と陶器がぶつかるような、でも決して激しくはない音。
 恐る恐る、念の為迎撃の体勢を整えた上で顔を覗かせると――

 「…………あら、こんばんは」

 ――そこには、青薔薇の君がいた。
 一目で上流階級の人間と万人に理解させるだろう白磁の衣装に、透き通るような青色の頭髪。顔立ちは芸術品のように美しく整っており、紅茶を啜る姿もこの上なく絵になっている。
 短剣を自然と下ろし、その上品な笑顔に警戒を解除する。
 ……そうするまでの一瞬、百合の匂いがしたような気がしたが――気のせいだろうと、すぐに白野は忘却してしまった。


 「あ……こんばんは」
 「大丈夫ですよ。わたくしは、積極的に誰かを殺して回ろうと考えてはおりませんので」
 「なんだ……ごめんなさい、ちょっとだけ心配しちゃって」

 苦笑する白野に微笑みかけたまま、こくりと喉を鳴らして少女は手元の紅茶を飲み干した。

 「初めまして。わたくし、辰宮百合香と申します。以後、お見知り置きを」
 「岸波白野です。こちらこそよろしくお願いしますね、百合香さん」

 辰宮百合香。
 貴族院辰宮男爵の令嬢であり、戦真館を復興させた第一人者として知られる見た目通りの貴族令嬢。
 殺し合いという極限状況に置かれてもなおその優雅さに欠片の揺るぎも生じないのは、偏に彼女もまた不条理、非科学の世界に精通しているからに他ならない。
 その異能は極めて凶悪。
 辰宮百合香は魔性の女だ。
 情熱的に抱かれることを望み、在り来りな愛情を向けられることに飽き果てた高嶺の花だ。
 しかしながら、彼女に宿ったのは傾城の香。
 万人を、神仏悪魔に到るまで等しく惹きつけ心を掴む百合の華。
 神霊すらもある程度の影響を被るその芳しい香りは、優れた魔術師(ウィザード)である白野をして逃れ得ぬものだった。
 否、それどころか……この会場の中全てを見渡しても、傾城反魂香を破ることの出来る参加者など数える程度より存在しない。一切の殺意を持たないにも関わらず、百合香という少女はある意味で参加者殆どの命運を掌握しているのだ。
 彼女を満たす者は未だ現れず。
 百合香の望む愛が彼女の心に届く迄に、一体どれだけの人間が、彼女の香りに誑かされるのか――


【一日目/深夜/管理局本部(食堂)】

【岸波白野@Fate/Extra】
【状態】健康
【装備】アゾット剣@Fate/stay night
【所持品】基本支給品、不明支給品2(確認済)
【思考・行動】
0:バトル・ロワイアルの解体。
1:百合香さんと情報交換。終わり次第アーチャーを探したい。
2:他のマスターやサーヴァントには警戒しておく……?
【備考】
※CCC終了後からの参戦です

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
【状態】健康
【装備】ティーセット@現実
【所持品】基本支給品、不明支給品2
【思考・行動】
0:流れに身を任せる。
【備考】
※我堂ルート、空亡襲来直前からの参戦です。
※傾城反魂香の効果は健在です。百合香に惚れている者以外、逃れることは出来ません。


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最終更新:2014年08月22日 20:35