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 私がコーポ青春荘を追い出されたのは別に普段の生活に問題があったわけではない。
 自転車で職場というか市場まで通勤していた私は深夜に帰宅してもうるさくはなかっただろうし、大声で歌うような悪い癖もない。同居人の『フクロウ』は私が居ない間、決して、その特異性を示そうとはしていない。
 住人関係も良好だった。隣の住人と挨拶をしたり、大家と挨拶をしたり、とりあえず、挨拶をしまくった。引っ越しソバも持っていった。
 だが、私は追い出された。突然の勧告だった。
 朝、目が覚めると大家が来ていて、普段ではあまり見せない笑顔を見せてくれた。
 そして、私は段ボール箱1つ分の荷物と、相棒の『フクロウ』とともにそのコーポ青春荘を出て行った。
 さらば、青春荘。
 
 追い出された私の住居は一切決まっていなかった。
 今のところ、手頃な公園のベンチで煙草をふかしているだけだ。太陽光が私の肌に突き刺さり、シャツとスラックスを浄化してくれる気がした。近所の住人がビニール袋を片手に話し合っている姿を見ると、どこかにスーパーがあるのかもしれない。
 話は戻して、住居の問題だ。
 職場に寝泊まりしてやろうかとも思ったが、同僚たちはあまりいい視線を向けてこないだろうし、それに仕事の都合上、出張に出るときもある。そうしたら、この同居人の『フクロウ』は私をひどく罵倒するだろう。
 フクロウはスチール製の鳥カゴで止まり木に止まって周囲を観察していた。
 時折、このフクロウは、フクロウとは思えないほどの饒舌さで物事を説明してくれたり、私を罵倒してくれたりする。
 もともと、このフクロウは職場にいた。正確には職場の誰かが捕まえてきて色々と実験をしていたらしいが扱いに困ってしまい、職場の片隅に放置されていた。そこで私が可愛そうだと思って、上司に頼み込み、引き取らせてもらったのだ。
 今となってはある種の後悔だが、悪くない。
「おい、煙がこっちに流れてきてるぞ!」
 フクロウはそう怒鳴った。
 
 私は街を歩いていた。
 鳥カゴとダンボールを抱いて歩くのは体にこたえた。ダンボール箱の中身も問題だった。なにせ鉄の塊がゴロゴロ転がっている。中には鉄よりも重い、鉛で出来た彫像もあり、それを一人で運ぶのはかなり腰にきた。
「うぅん、仕事場から持ちだしたのはまずかったなぁ」
「おい、職務倫理規定に反するんじゃないか?」
「大丈夫じゃないかな。今の世の中に必要ないし」
 そう私が言った時、フクロウは翼を広げた。
「だったらよ。いい考えがある」
「いい考え? なんだよ。言ってみ?」
 私は廃墟の入り口前でダンボール箱を地面に下ろして尋ねた。
 フクロウは勿体つけるように一つ咳払いをした。フクロウのくせに。
「このダンボールの中身を売っちまうんだよ」
「いやそれはかなりまずいだろ」
「何言ってんだよ。お前が持ちだしたことにすら気付いてない奴らだぜ? なら、売ってしまったって問題はないはずだ。あと、これも実験の一つだとすればいいんだ。街にブツが出回ったらどうなるか? 悪く無いだろ?」
「ふむ。フクロウのくせにいうことはかなりいいじゃないか」
 そうフクロウが話をしていると、私はふいに視線を感じた。
 周囲を観察した私はそこに一人の女の子を見つけた。年は若い。私よりも若い。高校生か中学生か、ともかく、まだ学生と言えるような年齢の女の子だ。
「おい、相棒。さっそくのお客様だぜ」
 フクロウはそう茶化した。
「こんにちは」
 私は愛想よく、頭を下げてそう彼女に挨拶をした。
 彼女はなにか嫌なものを見てしまったかのように、そう動物に話しかけるかわいそうな人を見てしまったあの表情を浮かべて、そっぽを向いた。だが、動こうとはしなかった。
 不思議に思いつつ、私はダンボールの中から彼女が好みそうなものを見繕って、取り出した。
 それは花瓶だった。青白い青磁器の花瓶は、まるで人間の女性のような形をしていた。表面には鯉が描かれていた。錦鯉と黒い鯉だ。一見すればなんの変哲もない花瓶だが、よくよく観察すれば、一つ変わった特徴がある。
「お嬢ちゃん、これ、あげるよ」
 私は努めて笑顔でそれを見せた。
 初めはいぶかしがっていた彼女だったが、少しするとその花瓶に顔を近づけてきた。
 花瓶の変わった特徴に気付いたのだ。
「あの、これ、鯉が動いてませんか?」
「そう。大正解」
 この花瓶の鯉は生きている。
 二匹の鯉はまるで夫婦のように付き添いながら花瓶の表面を優雅に泳ぐ。
 彼女はその鯉に気付いたのだ。鯉に気付いてからの彼女は、まるで吸い寄せられるかのように花瓶へと視線を向けた。私は彼女の手に花瓶を握らせると、何か反応がないかと期待してみた。
「まるで、魔法使いみたいですね!」
 彼女はそう笑顔で言った。
 もちろん、私は魔法使いではない。
「いや、まぁ、うん。そうだね」
 だが、肯定しておいたほうがいい気がした。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「芽衣子です。山納芽衣子。メイちゃんって読んでくさだい」
「そうか、メイちゃん。あの、お兄さんは家を探してるんだけど、どこかおすすめの家ないかな?」
 フクロウが悪態を聞こえないような小さな声でつぶやいた。
 きっと私の金にたいしてのアレを呪ったのだろう。
 メイちゃんは花瓶から視線を外して、私の顔をじっとみた。
 人に顔をジロジロ見られるのには慣れているが、あまり良い気はしない。
「あの家は紹介できませんけど、アパートなら紹介できますよ」
「ほんと? だったら、紹介してくれるかな?」
 私はフクロウをちらりと一瞥した。
 フクロウは驚愕としかとれない表情を顔に浮かべていた。
 私はダンボール箱を抱えて、その上にフクロウを乗せた。
「案内してくれるかな?」
 きっと私の表情はウキウキ笑顔だっただろう。
「ここです」
「ここ?」
 メイちゃんが廃墟を指さすまでは。 
 
 メイちゃんに導かれて廃墟、としか思えないアパートを歩く。
「ここは、ハイツ・ラケンです」
「廃墟ラケン?」
「そういう面白くない冗談を飛ばすなら紹介しませんよ?」
「いやぁ、いいアパートだ」
 心にもないことを言うのは心苦しい物だった。お世辞でいいアパートだというのがやっとという廃墟だ。築何十年建っているのかわからないほどに寂れてボロボロの木造二階建てアパート。床板は歩く度に軋み、廊下の隅からはなにかおぞましい物が這い出てきそうな暗い雰囲気だ。あと、廊下の電球が切れかけているのが個人的には最悪だ。
 部屋番号一〇二で彼女は足を止めた。
 扉の前で「あれ、おかしいな。鍵が……」とかなんとか言っている間に私はアパートを観察し終えた。フクロウはまだ観察がしたいのか、しきりにあたりをキョロキョロと見渡している。
 扉が開けられて、私はそこに足を踏み入れた。
「いい部屋じゃないか」
 悪くない。廊下に比べたらまだ住める。
「家賃はおいくらで?」
「一月五万くらい……かな」
 おいおい、大丈夫かこの子は。
 私は即、その部屋に住むと伝えた。
 彼女はやけに張り切ったような表情と声で契約書を持ってきた。
 色々と面倒な手続きはあったが、なんとか終わった。
 メイちゃんは私から『鯉の花瓶』を譲り受けて、そのまま、ウキウキとした表情で帰っていった。
「悪くないアパートだな」
「あぁ、そうだな」
 フクロウと私は新たな新居で微笑んだ。
 窓を開けると風がさぁっとどこかの臭いを運んできてくれる。
「さて、荷解き荷解き……」
 私はダンボール箱を再び開けた。
 
 翌朝、一〇二号室にメイちゃん自作の表札がかけられた。
 表札には私の苗字がカラフルなペンで書かれていて、彼女の趣味なのかリボンで装飾されていた。そして、隅っこには錦鯉が描かれていたのだった。