第十二話「標」

脚本:高橋ナツコ/絵コンテ:佐野隆史/演出:平林拓真/作画監督:野口寛明、徳田夢之介、小林利充、千葉道徳

全ての戦いの末に、たどり着いた一つの答え。
徳川家康と石田三成。
二人の宿命が、今、ここで交差する。
約束の地、関ヶ原で二人の人生が激突。
果たして、その戦いの先に二人が見るのは、絶望か……希望か……それとも……。
そして、伊達政宗と真田幸村、二人の好敵手もまた、避けることのできない戦いの運命に導かれてゆく……。
(アニメ公式サイトより引用)


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※このページでは検証目的で「戦国BASARA Judge End」(テレコム・アニメーションフィルム制作)の映像を一部引用しています。
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・以下アニメの疑問点を紹介


+  最終決戦
 最終決戦
謎のドーム内での家康と三成の言葉の応酬は、原作両名ルートからの台詞の順序や意味合いを
変えての流用となっている。
原作では両名関ヶ原最終ステージにおいて冒頭台詞自体は同じであるが、そこから変化している。
アニメにおいてはこの分岐変化した後の台詞を両名ルートから抽出している台詞の流れ。
(原作台詞については本来のキャラクター徳川家康、石田三成項目参照)
(アニメ内の台詞引用は下項目「ドーム内でのやりとり」参照)

アニメ三成「貴様は昔からそういう奴だった」と言い、三成曰くの家康に対する“そういう奴”というのは
嘘偽りをもって兵へ労りの言葉をかける事であるが、原作においては「己の野望を「夢」という言葉で飾り立て」た
事としている為、大幅に意味合いは変わってくる。
そもそもアニメのこのシーンにて
三成「心にも無い事でもか。私はそのような嘘の言葉に喜びは見出だせない」
家康「お前は凄いな。常に真っ直ぐに真実を見る」
といったやりとりが有るが、否定をせず“真実を見る”という台詞の流れ。
これでは家康が実際に心にも無い事を認めているようにも受け取れる。
幾度も指摘されている事だが、家康にとって忠勝や三河武士との絆は強く、過去ナンバリングでもそのやりとりが
色濃く演出されているストーリーも有る。
それは3においても同様だが、アニメはその限りでは無いようである。

そして原作の「己の野望を「夢」という言葉で飾り立て」の台詞は
三成「黙れ!それは貴様の虚妄だ。貴様はただ天下を望んだだけだ。己の欲だけの為に。貴様は秀吉様の天下を
   簒奪したに過ぎぬ薄汚い盗人だ!己の欲望を「夢」という言葉で飾り立て秀吉様の天下を穢したのだ」
という台詞に組み込まれている。正に家康に対する罵詈雑言である。
更に第十一話において家康自身「天下を欺く大罪人だ」と言い絆は「力を覆い隠す」ものとしている為に、原作の台詞を
引っ張って押し込んでも空々しく思えてしまう演出となっている。
(第十一話「「これからワシは、天下を欺く大罪人だ」項目参照)

なお、両名ルートの台詞を引き抜いて組み込んでいる為、非常に冗長なやり取りとなっている。
更に、このシーンの原作両名ルートでは、家康、三成はそれぞれの相手ルートで討死しているが、アニメでは気絶しているだけである。

+  ドーム内でのやりとり
 ドーム内でのやりとり
第十二話、謎のドーム内での家康と三成の会話を原作との比較用の為に抜粋

家「三成」
三「家康」
家「三成、お前がワシを憎むのは仕方ない。ワシはそれだけの事をしたのだからな」
三「黙れ!貴様は、貴様を認めて下さった秀吉様を、半兵衛様を、裏切ったのだ。その罪は万死に値する」
家「謝りはしない。答えはワシが作る未来で示す」
三「家康貴様…どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!」
家「来い!三成!」
三「家康貴様を殺す!」
三「家康ー!」
家「三成ー!」

三「秀吉様に頭を垂れろ!赦しを望んで希え!そして首を跳ねられろ!
家「ワシにそのつもりは無い!」

三「貴様は昔からそういう奴だった」
家「見回りご苦労。お前たちが守ってくれる事で秀吉殿も安心して休める。頼りにしているぞ」
雑「は、はいっ」
三「家康っ、なぜ貴様はそう心にも無い事を平気で言う。
家「心にも無いとは心外だな」
三「だが嘘を吐いた」
家「三成、そう言うな。お前もたまには労いの言葉をかけたらどうだ」
三「心にも無い事でもか。私はそのような嘘の言葉に喜びは見出だせない」
家「お前は凄いな。常に真っ直ぐに真実を見る」
三「何を言っている」
家「三成、ワシはお前の目が好きだ。その真っ直ぐな目のおかげでお前の前ではワシは正直に生きられる」

三「どんな強固な軍を築いても、どんな綺麗事を嘯いても、私はこの目で見ている。家康、貴様の罪を」
家「三成」

三「家康答えろ何故だ!なぜ秀吉様を裏切った!なぜ秀吉様を殺めたのだ!」
家「三成、お前にだって分かっていただろう。あのままでは戦いは未来永劫終わらぬと。この世は、これ以上争いの
  階段を登らせてはいけないんだ!」
三「黙れ!それは貴様の虚妄だ。貴様はただ天下を望んだだけだ。己の欲だけの為に。貴様は秀吉様の天下を
  簒奪したに過ぎぬ薄汚い盗人だ!己の欲望を夢という言葉で飾り立て秀吉様の天下を穢したのだ」
家「それがワシの罪というなら受け入れよう。だが、この国に必要なのは力では無く絆だとワシは気付いたのだ」
三「それも嘘だ!貴様が気付いたのは自らの求める天下が醜悪で独り善がりな欲望だという事だ!だからこそ、
貴様は絆絆と卑しい心根を嘘で塗り固めたのだ!認めろ!貴様が口にする絆に真等無いと!」
家「認めない。お前も感じていたはずだ。ワシとお前の間の真の絆を」
三「やめろー!絆絆絆絆ー!絆絆絆絆絆絆絆絆絆ー!絆……っ!」
 「認めぬ…。私は断じて許可しない。そのような偽り言が赦されてたまるか」
家「三成…」
三「貴様はそれで満足だろうな…。だが私は貴様に最も大切な絆を奪われた。私はどうやって生きたら良い。どうしたら良かったんだ!」
家「ワシと共に進む道は無かったのか。
三「言うな…言うな!それ以上言葉にするな!貴様は私に絆を与え一方で私と秀吉様との絆を奪う!
何なんだ…貴様のその傲慢で欺瞞に満ちた心は!」
 「答えろ家康。この矛盾の行方を!」
家「何と言われようともワシは決して絆を捨てない!この国の未来を、優しき絆で造ってみせる!」
三「屈するものか、貴様にだけは。死にゆくその寸前まで。私は貴様を許さない!」
家「分かっては…もらえんのだな」
三「死色の翅翼よ…絆を抉れ!」
家「未来への架け橋となれ、ワシの拳よ!」

三「消滅しろ家康ー!徳川家康ー!」
家「お別れだ三成!石田三成ー!」

+  謎のドームから飛散する謎の物体
 謎のドームから飛散する謎の物体
前回忠勝と刑部の数珠によって造り出された謎のドーム状の物体が、家康と三成が交戦を始めたと同時に
妙な物体を噴き出させる。交戦の衝撃によってドームを形成している物体が吹き飛ばされている演出ともとれるが
そもそもドーム自体が謎の演出であり、このような演出も意図が分からず首を捻るしかない。
最終的には分散して霧散する。この事についてはアニメ内で全く触れられていない。
なお外から中は見えるようだが、中から外は見えないようだ。

なおこの謎のドームの噴出描写の際には東西各軍の足軽も描かれているが、場面によっては東西四軍(徳川伊達石田真田軍)が
描かれているものの、カットによっては徳川伊達軍のみになり、次のカットでは各軍入り乱れるという謎の演出がされる。
更に第九話でかけられていた橋が爆破や破壊される描写も無く唐突に消え去っている。




+  「ワシと共に進む道は無かったのか」
 「ワシと共に進む道は無かったのか」
三成と対峙している際の家康の台詞だが、これは4においての三成の台詞からの流用だと思われる。
4の三成ルートにおいて「私と共に在るならば、それも叶うと考えなかったか」と三成が家康へ言っている。

+  決め台詞
 決め台詞
三成と家康が交戦し、最後の一撃となった時に発せられる台詞
三成「死色の翅翼よ…絆を抉れ!」
家康「未来への架け橋となれ、ワシの拳よ!」
上記台詞は原作にてバサラ技を発動する際に発せられる台詞が元となっていると思われる。
だがその後の戦闘描写において、原作においてのバサラ技のような演出は微塵も感じられない。
なお、原作では
三成「死色の翅翼よ、私を抉れ!」
家康「架け橋となれ、ワシの拳よ!」
となっている。

+  石と手甲
 石と手甲
家康と三成の最後の攻撃にて、家康は三成の刀によって腕と首を斬られ、そして三成は腹に一発拳を受ける。
その直後の描写で鎧が盛大に砕けたかのように鎧の破片と思わしきものが大量に宙を舞うが、実際の三成の鎧は
ヒビが入っている程度である。そして家康は前半手甲の部分が三成によって斬り壊されているが、それにしても
素肌では無い部分を刀が滑り血が噴出しているのには、演出の違和感を激しく感じる。
作画でも該当部分の描写では刀から血が噴き出しているようであり、家康には傷が見当たらない。
原作では手甲と共に左腕は鎖帷子によって固められている。
アニメでは単色塗りの為、その部分が何で覆われているかは不明である。

本アニメにおいて至る所に東西軍の対比のような演出が見られるが、余りにも無理が有る演出、おかしな演出、
矛盾した演出、その他等により、比較し対比する必要が有るのか疑問は増すばかりである。





+  棒立ちの足軽と突然撤退する東西両軍
 棒立ちの足軽と突然撤退する東西両軍
謎のドーム内において行われる交戦を東西両軍の足軽達が敵味方入り乱れた状態で呆けて見ている。
まるでドーム内が見世物のような演出に思え、なおかつどちらの将も討ち取られた訳でも無く気絶という状態で
同盟先の将の意向は仰がずに突然騎馬兵が撤退の命を出すという展開に首を捻るしかない。
これでは戦では無くただの喧嘩である。
そして倒れた家康と三成に駆け寄ったのは、近くに居た両軍の兵では無く遠くに居た政宗と幸村である。

+  天下を二分する関ヶ原の戦い
 天下を二分する関ヶ原の戦い
終始私怨に満ちた天下無視の私闘でしかない戦いであったと言える。

+  更に成長する謎の草
 更に成長する謎の草
第十話でも指摘されている謎の草だが、Aパート終了時には、草から木へと変貌している。
そしてCパートにおいては、何百年経ったのかといった程に成長し、一本の木から森へと進化している。
謎のドーム同様アニメ内において誰一人として触れていない為、ただひたすらに謎の演出となっている。

○第十話


○第十二話



+  まつと利家
 まつと利家
前田軍を率いた利家とまつの再会シーンにおいて、原作の利家ならばまつが駆け寄る前に自身も駆け寄って
喜びそうなものでは有るが、アニメでは手を振ってまつが駆け寄ってくるのを待つのみである。

+  孫市と慶次
 孫市と慶次
孫市が慶次に契約金の支払いを求めるやりとりが有るが、第三話において慶次と契約するシーンにて
孫市「それは我らと契約したいと言う事か」
慶次「契約?まあそう言う事かも。あー、でも俺金ねぇけど。まあ利なら加賀の国持ってるし」
孫市「ふっ。加賀の国と引き換えに人探し。国一つが我らの評価か。ふっ、あはははは。面白い」
(銃声三発)
孫市「我ら、誇り高き雑賀衆。ただいまより加賀前田国との契約を執行する。響け、我らの炎の音を打ち鳴らせ」
というように、金では無く明確に加賀一国を対価にまつ探しの契約をしている。
いつから国から金になったのかは不明である。

なお、このやり取りにおいて原作では
「一生、雑賀衆で働くことだ。三食付き、ただし昼寝は無い」
となっているが、アニメでは
「払えないのなら、体で払って貰うぞ。これから一生貴様には雑賀衆として働いてもらう。
 整理、洗濯、家事、掃除、それから庭掃に飯炊き」
となっており、その際に慶次が頬を染める演出がされる。が、最終的には逃げ出す慶次。
原作では喜び勇んで孫市とその契約を結んでいる。
第十話でもそうであったが、孫市のキャラクター性を無視する形の直接的なラブコメじみた演出を
する必要性がどこに有るのか謎である。
そして家事=掃除洗濯食事等、家庭生活に欠かせない仕事であり一連のアニメ台詞において、わざわざ
「家事」と付け加えなくとも良いはずだ。
更に原作では慶次は契約をしているつもりは無く、その結果の「俺はてっきり」という含みの有る台詞だが
アニメにおいては慶次は孫市ときっちりと契約をしている。にも関わらず「俺はてっきり」という言葉が捩じ込まれており、
訳の分からない台詞となってしまっている。

結果的に雑賀衆はタダ働きをした事になる。

そして原作においては最上義明がまつを誘拐し、官兵衛の鍵においても最上がある種のキーマンになっているが、
本アニメには登場していない。その結果最上抜きで帳尻を合わせようとしている演出が各所に見られたが、全てにおいて
帳尻合わせが失敗していると言えるのではないだろうか。

+  蔵に格納される忠勝
 蔵に格納される忠勝
その姿から一見時代にそぐわないロボットのように見える忠勝だが、忠勝は人であり武将である。
だが戦が終わった後に忠勝は蔵か倉庫の様な荷物が溢れる場所に、まるで格納されるかの如く座っている。
第十一話においてまるで事切れたかの様な演出がされた事で、忠勝自身相当なダメージを負っていると言える。
だが手当てをするで無く無機質なロボットの如くな扱いの格納。この扱いは余りにも粗雑なのではないだろうか。
過去からのナンバリングにおいて家康と忠勝の絆は強く、このような扱いを家康がするとは思えない。


+  二度流れるスタッフロール
 二度流れるスタッフロール
Bパート中盤にて突然流れだすスタッフロール。アニメにおいてCパートに時間を割く為にそのような演出は
まま有ることだが、第十二話においてはこのBパート中盤、そしてCパート終了後にもう一度スタッフロールが流れる。
一度目は第十二話におけるスタッフ、二度目は1話から12話まで声優含め関わったスタッフの名が連なっている。
一体全体何の必要性が有ってこのような事をするのかは謎である。

+  酒井忠次というキャラクター
 酒井忠次というキャラクター
アニメ公式サイトには
「徳川家の重臣であり、家康を補佐している。幼少の頃より徳川家に使え(中略)自分よりも忠勝が評価されている事には
言葉にはしないものの不満を持っている。信条は「信じる」である。」
となっている。そんなキャラクターのはずだが、関ヶ原において指揮を放棄し戦の最中に宗麟へ愚痴を零すという演出がされる。
(詳しくは第九話「戦の最中に人生相談とレボリューション 」項目参照)
そして隊を放棄し宗麟と共に戦線離脱。そして第十二話ではザビーランドオープンに向けて、ダンサーとして宗麟の元へ
身を寄せているという設定になっている(宗麟からレボリューションと呼ばれている為、入信した可能性が高い)
徳川の重臣であるはずの忠次が何の迷いも見せずに離反した事、そして葵の旗を売り払う兵(第七話)といい、徳川軍に関する
演出は原作とは全くかけ離れた設定となってしまっていると言える。
そして何より設定を全く活かしきれておらず、酒井忠次である必要性が有ったのか疑問である。
なお4にて「大友ザビーランド開園」というステージが有り、ジャンボザビーくん(ザビーの着ぐるみ)も宗茂の特別衣装として
4で実装されている。



+  空中浮遊する官兵衛
 空中浮遊する官兵衛
烏が鍵を持って飛び去ったのを、島津の砲弾を拝借し人間砲弾として空へ飛び立った官兵衛だが
(詳しくは第十話「黒田官兵衛の鍵 」項目参照)別の烏と思われる群れに鉄球を掴まれさらわれるという
状況らしい演出がされる。
官兵衛いわく「頼む!ここから降ろしてくれ!」と烏へ懇願しているが、どう見ても烏は鉄球を
持っていない。それ以前に烏があの巨大な鉄球を持つ事は物理的に不可能である。にも関わらず、鉄球を
天辺に官兵衛は烏の群れと一緒に空を飛んでいるという演出には違和感よりも呆れるしかない。



+  作画の使い回し
 作画の使い回し
謙信から文を届けるよう言われ薔薇が咲き乱れる演出がされるのだが、このかすがの表情アップからの一連の
カットは第四話におけるカットと同一であり使い回しと言える(左手、口元は変更されているが、他は同一)
カットの使い回しが悪い訳では無いが、最終回において謙信とかすがのシンボル的な行動を丸々使いまわすのは
いかがなものだろうか。

○第十二話


○第四話


+  毛利元就
 毛利元就
第十一話において元親の暁丸の火炎によって生死不明となっていた元就だったが、Bパート終盤にてその姿を見せた。
左目以外は包帯で巻かれ、大火傷をしていると思われる描写。だが元就の怪我をそう描写する必要性が有ったのか甚だ疑問である。
原作においてその様な演出は勿論無い。
そして目が覚めた瞬間のカットのようだが、眠っていたであろう事に加え大火傷をしている状態で兜を被ったままという事にも
違和感を覚える演出となっている。


+  四国壊滅
 四国壊滅
第十二話においても四国壊滅に関する詳しい説明は無く、全てが毛利の策略とされたままとなった。
第二話において元就と刑部の密談シーン台詞以下引用
元就「遅かったな」
刑部「すまぬな、東へ西へと我も多忙でな」
元就「混乱に乗じ上手く身を立てたものだな」
刑部「何の事やら分からぬな、同朋よ」
元就「豊臣が没し、竹中が散り、最も利を得たのは貴様であろう」
  「まあ良い。定めるべきはこの先、いかにして動くかの指針だ」
刑部「ヒッヒ…今後は徳川の非道を喧伝し、義は我らに有る事を報せれば縋り付こうとする者も多く現れよう」
元就「徳川の非道か…よく言う」
刑部「徳川が長曾我部を取り込もうとするのは分かりきっていた」
元就「人は真実を信じるに非ず。目の前の現実から都合良き事を真実とするものだ」
  「大谷…長曾我部、石田、徳川、貴様達の思惑に興味は無い。天下等欲しがる奴にくれてやろう。
   我の目的はただ一つ、毛利家の安泰よ。全ては我が盤上の下に」
引用終了。
以上から、毛利が四国壊滅に関わっていたという決定的な言葉は無い。むしろこの会話では刑部が主に四国壊滅に
関わっていると考えた方が自然な会話の流れである。
第十一話においても元親が元就へと四国壊滅について詰るが、毛利は無言であり四国壊滅について何も返答していない。
そして刑部に関しては第七話において三成が問い質し返答は無かったものの、四国壊滅に刑部が関わっている(知っている)
という演出がされている。
だがアニメ内では第二次関ヶ原時に素知らぬ顔で刑部が西軍に居り、元親も西軍に居る。
刑部の“徳川の非道を喧伝”する策が進行中であり元親が全く気付いていない可能性も有るが、だとしても
最終回において刑部と元親が同軍に居るのは余りにもおかしく、あまりにもふざけた演出であると言える。
(詳しくは以下「西軍に復帰する元親」項目参照)
更には第七話において徳川軍の兵が元就へ旗を売ったと発言しているが(詳しくは第七話「旗を売り払う徳川兵と毛利元就」参照)
そもそもにして名が知られる様な愚策を毛利が取るとは考えられない。ましてや足軽兵相手に。
それに関しても触れられず最終回を迎えている。

既に幾度も指摘されている事だが、アニメのストーリーのほとんどが矛盾し整合性が無く、原作とはかけ離れた状態で
目も当てられない惨状と言える。そしてキャラクターに関しても原作から乖離し別人となっている。

+  市を引き取る前田家
 市を引き取る前田家
白百合を摘む市の後ろで市を見守る様に寄り添う利家とまつ。
この演出から前田家が市を引き取ったように思われるが、そもそもアニメ内において織田界隈の設定は
ほぼ空洞状態であり、前田家と市の関係の描写も全く無い。にも関わらずこのような演出がなされる事に
違和感を強く覚える。
そして原作では市は前田夫婦に良い感情を持っているとは言えず、それに関しても違和感は強い。

+  生きていた光秀
 生きていた光秀
第十話にて腹を貫かれて事切れたと思われた光秀(天海)が全身は映らなかったが
足元(袴)と手元のみ映しての帰還という演出(金吾が泣いて喜んでいる為天海で間違いないと思われる)
だが、腹を貫かれたはずである。そして金吾は天海に言われるままに戦場から逃走しており、他に天海を
助けるような人物は居ない。BASARAといえどご都合主義にも程があるとしか言い様がない。

+  西軍に復帰する元親
 西軍に復帰する元親
Cパートにおいて何故か元親は西軍へと戻っている。
アニメ内では正式に徳川と同盟を組み東軍に参加するという決定的な描写は無かったが、大坂城まで赴き三成へ
西軍を抜けると啖呵を切っている。そしてその際に「先に裏切ったのはあんたらだ」と言い、三成は次に戦場で会った時は
斬ると言っている。
更にはアニメ公式サイトのキャラクター紹介において元親は東軍カテゴリに振り分けられている。
にも関わらず、笑顔で西軍に復帰している元親。
だが西軍において上記「四国壊滅」でも触れたが、刑部が徳川の非道を広める為に暗躍し、四国壊滅にも関わっている節が有る。
ストーリーとして刑部が引き続き家康を貶める為に、自身を潔白とし元親を引き戻したという可能性も無きにしも非ずだが、
だとしても四国壊滅の件と同様に明らかに演出不足であると言える。
又は元親自身アニメ内で刑部が四国壊滅に関わっているとは微塵も思っていない様子の為、全ての責任は元就に有り
元就が西軍から抜けた事で全てをチャラにしたという可能性も有る(第二次関ヶ原に元就の姿は無い)
だが上記の通り三成は元親のそういった行動に怒っていたはずであるが、元親に対し笑顔を見せるシーンも有る。
ここでもまた脚本の矛盾や整合性の無さが表れていると言える。

更に加えると、駿府城へ突然押しかけ家康に“旗が有ったから”という理由だけで問い質し謝りもせず、徳川兵に毛利に売ったと
言われた事で再び短絡的に決めつけ、第一次関ヶ原では東軍ポジション(アニメ公式サイトより)だったにも関わらずの
第二次関ヶ原では西軍に参加。
このように、こうもコロコロと東西に移動していては、全く信頼出来ないキャラクターとなってしまうのではないだろうか。
喧嘩ならまだしも、これは戦である。





+  真田西軍、伊達東軍、そして川中島軍による第二次関ヶ原
 真田西軍、伊達東軍、そして川中島軍による第二次関ヶ原
第一次関ヶ原から新たに第二次と銘打たれて東西両軍が揃うのだが、開幕唐突に森の中で蒼紅の手合わせのような戦いから始まる。
(森に関しては同ページ「更に成長する謎の草」項目参照)
そして第一次では大将だった家康、三成、両名共大将から身を引いて政宗、幸村が東西大将になっている。
が、何故そのような状況になったのか説明も何も無く呆気にとられるしかない。
まるで三成の遺恨を晴らす戦いは(両名気絶しただけだが)決着がついた為、次は蒼紅がどうぞ、といったようにも見える。
これでは三成の秀吉に対する狂気じみた信奉や、家康に対する憎悪怨恨が必要以上に薄れてしまっていると言える。

そして東西両軍とは別に現れる“川中島軍”である武田信玄と上杉謙信。原作には勿論そのような演出は無い。
そもそもにして信玄は病に倒れていたはずである。原作では幸村ルートにおいて「病など吹き飛ばしたわ!」と、とんでもない
復活方法を成し遂げ、小太郎ルートでは氏政から幸村へ薬が託されている。だがアニメでは一切描写は無い。
それ以前にこれは戦であり、討ちつ討たれつの命の取り合いでも有るのだが、幾ら幸村が大将になったからといって自軍の兵を
討つのだろうか。
謙信は「甲斐の虎とわたくしも、この戦に勝利し、その長をきめる戦を川中島でおこなうため、同盟を組みました」と言っているが
この戦にて川中島軍が勝利してしまった場合、勿論西軍である武田軍も壊滅状態になり川中島での戦所では無いのではないだろうか。
幾ら何でも余りに無理矢理過ぎる演出だと言える。
これでは小さな抗争や運動会のようである。






+  「私を滾らせる約束を速やかに実行しろ」
 「私を滾らせる約束を速やかに実行しろ」
西軍大将から身を引いた三成の台詞であるが、強い違和感を感じる台詞となっている。
原作では幸村が目立って「漲る(みなぎる)」という単語を使うが(ゲージ満タン時等)三成は原作において「漲る」等と
言葉を使っていない上に、そもそもそのようなキャラクターでは無い。
なお、このシーンまでにおいて三成が幸村と「漲らせる約束」をするという描写も無く、元親へ笑みを向け、まるで幸村の命を待つ様な状況等
一体三成に何が起こったのか首を撚るばかりである。

+  殴られる佐助
 殴られる佐助
原作において幸村が佐助を殴るといった演出は無かった筈であるが、アニメにおいては川中島軍の出現に際しどうするか佐助が幸村へ
問いかけた瞬間、幸村は佐助を殴っている事に非常に強い違和感を覚える。
(原作の外伝(幸村ストーリー)では佐助が天狐仮面になり敵として現れ、その際に幸村は佐助(天狐仮面)を扉へ殴り飛ばす等という
演出がされているが、幸村自身天狐仮面の正体を佐助と気付いておらず修行の一環として行われた事である)
そして原作にて「武田名物」と呼ばれる信玄と幸村の殴り合いでさえ、本アニメでは違和感を強く感じるやり取りとなっている。
元来この殴り合いは、決して暴力的なものでは無いはずである。
だが本アニメにおいて、特に佐助には単なる暴力としか受け取れない演出となってしまっている。

+  「伊達酔狂だ」
 「伊達酔狂だ」
第二次関ヶ原にて小十郎が「だがこれで一層、伊達酔狂だ」と発しているが、伊達酔狂という言葉は無いはずである。
「伊達や酔狂ではない」という言葉になると「遊びや生半可な気持ちでは無いという決意の現れの言葉」との事だが、
小十郎は「伊達酔狂“だ”」と言っている。という事は、上記の反対「遊びや生半可な気持ちである」となってしまう。
正式にはどのような意味が当てはまるのかは謎である。

本アニメ全体に言える事だが、各キャラクターの言葉遣い崩壊から始まり、このような意味の通らない言葉といい
首を捻る演出が数多く見受けられた。

+  放られたままの設定
 放られたままの設定
本アニメ一話から十二話において、投げっぱなし又は放置とされる設定は山積している。
  • 武田信玄の病の行方
  • 四国壊滅の真相(首謀者、実行者等が実質的に不明の状態)
  • 上記に関わっていたであろう大谷の処遇
  • 毛利元就の過去ナンバリングにおいての設定(宗麟の「サンデー」発言より)
  • 酒井忠次の設定
  • 長政の行方
  • 織田界隈の設定
  • 市の暴走の真相に加え、六魔の存在
  • 本アニメ中の利家の行方
  • 家康の闇(自身を大罪人と言い放った事の可能性有り)
  • 長曾我部元親の西軍復帰理由
  • 毛利元就の西軍離脱理由(経過時間が不明の為、怪我の所為なのか分からず)
  • 徳川と同盟を結んだ後の北条氏政の行方
  • 担保にされた加賀の国
  • 官兵衛の鍵の所在移動(烏が鍵を持つまでの過程)
  • 謎のドーム
  • 謎の草(木)
例を挙げればきりが無いが、全話を通じて演出不足や脚本の矛盾や整合性の無さは明らかである。
なお小林プロデューサーがインタビューにて
「『戦国BASARA』を知っているけどよくわからないというかたが、アニメを通して『戦国BASARA』を知っていた
 だけたらなと思っています。」(「戦国BASARA Judge End」メディア向け記者会見より引用)
と答えているが、上記に加え至る所で過去ナンバリングや3以降の設定を知らなければ全く意味が分からない演出が有り、
良く分からないという視聴者にとっては、更に良く分からなくなるストーリーだったのではないだろうか。
BASARAを知っている視聴者にとっては、原作の改悪や原作には無い最悪な形での設定追加、中途半端な場面抜き出しに困惑し、怒りを
覚えるストーリーであったと言っても過言では無いだろう。

+  JudgeEnd
 JudgeEnd
アニメ内において決着も審判も何ら下されていない。




最終更新:2014年10月07日 07:02