軌道(みち)は砕かれ。
背中を押した歌声(こえ)はもはや涸れ果て。
最後に蝋の翼も融かされて、英雄(かれ)は地に墜とされた。



50万年前。
太古、氷河の名残多き更新世の地球。
未だ進化の途上にあった、一頭の原人(ホモ・エレクトス)。
彼、あるいは彼女が夜暗に熾した、ほんの小さな『灯火』――それは後に、不明に盲いる無明の闇を切り裂く、『大いなる光』への種火であった。



人類の集合知、科学(サイエンス)。

曰く、巨人の肩。
曰く、真理の大海。


最初は、単なる散発的発見の雑然とした集合体に過ぎなかった。

やがて論理実証主義という名の思想・運動の下、実験という概念が誕生。
幾度にも渡って検証が繰り返された結果、これまでバラバラだと思われていた知が、繋がりを得て体系化されいった。
それはいくつかの巨大な知となり、今日に至るまで人類に恩恵をもたらしてきたのである。
知に善も悪もなし。
世界を創造せし神の隠秘なる理をことごとく解き明かす、まさに人類の『大いなる光』である。


そんな科学信仰をまさに呆気なく破り捨てたのは、サイと通称のついた――超能力などという、あまりに陳腐なフィクションの代名詞であった。



最初の超能力者、【太陽(プロメテウス)】の確認から数年。
能力者は、未成年を中心として主に日本の都市部に急増。
公的に認定されていない例を除外したとしても、その合計は現在およそ一〇〇人を数えている。

一〇〇人。たったの一〇〇人。

日本の総人口から考えれば、10万分の1にも満たないスケール。
だが、そのいずれもが。
物理法則に基づいて今日を築いた現今人類文明を、根底から転覆させえる力を持つ。
その上、更に危険視された事実は――能力を発現した者はことごとく、思考傾向に何らかの異常(ゆがみ)を来していたということ。

選民意識にのぼせ上がって支配者を気取る者。
神からの啓示や使命感を錯覚して行動を起こす者。
怪物と化した自分を嫌悪して破滅衝動を抱く者。
健常への憧れと異常な現実に挟まれ軋んでいく者。
変身体験に酔い痴れて理性的な判断力を捨てる者。

日本政府はこの未曾有の状況に様々な施策を策定・実施したが、常識を超越した力を前に成果は得られず。

やがて国内に乱立・台頭する超能力者集団。
譲れぬ我欲を旗のように振り翳して、捻れ肥大化したエゴとエゴの衝突。
悪夢のような破壊と地獄のような狂乱がグロテスクに乱舞して、日本中は当然のごとく、混迷という極彩色の渦に叩き落とされた…。


そして。
同じく、超能力に目覚めた少年が一人。
己の内に潜む歪な自意識(エゴ)――その存在に悲鳴を上げながら、しかし屈することは最後までなかった。

決然と立ち向かう意志。
向かい風に翼を広げる、気高き鷲のように。
やがて超能力者達との激しい戦いに巻き込まれても尚、真っ直ぐな眼差しはブレることなく。
憤り、泣き叫び、相容れぬと衝突を繰り返し、しかしそこに生まれた仄かな絆は、自己に閉じていた彼らから孤独の色を確かに拭い去るのだった。


やがて、来たる最終局面。
強い絆で繋がれた彼らは――哄笑の木霊する暗黒の中、空しく亡びさることになる。


これを理不尽な――残酷で、無慈悲で、悲劇的な結末だと感じたかね?
しかしながらだね。
私から言わせていただくなら、これは至って順当な結末なのだよ。

何故なら彼らの得た超力とは、内なる自己に閉じるからこそ、心が暗く歪んでこそ得た力なのだ。
そのような”健全な”繋がりなど求めてしまったら、希釈(うす)まる。薄弱(よわ)まる。緩み撓んでグズグズに蕩けて、形を成さな
くなってしまうじゃないか。

絆?
友情?
親愛?
ハハハ、まあ、仮にそういったものが存在したとして、だ。

汝らには不要だろう? エゴ狂い諸君。

そういった綺麗事には馴染めないのだから、未練を早々に断ち切るが良い。
自己の存立基盤を他の何者かに求めることは汝らに永劫利益をもたらすことのない愚行だと、嫌になるほど知っているはずだ。

諦めろ。
底無しの井戸(イド)を這い回るお前らは、一人残らず、救われない。


――――この世界にヒーローはもういない。これは残された端役達の物語。





ようこそ、観劇にお越しの皆様方!

ここは第五妄想世界、『クウィンタプル・キュー』。
醜悪に膨れあがった自意識を讃美する、キ・グルい終末劇場にございます。
主役を殺めて、いよいよどうしようもなくなったこの世界は、果たしてどのような末路を転がり落ちてゆくのでありましょうか?

嗚呼、嗚呼。
観たまえ、何と滑稽、哀れにも愉快なこの有様(ざま)を。
これぞ最高至極にして最低下劣、役者達が興奮(オド)りに乱歩(オド)る、世にも馬鹿馬鹿しい物語の、ハジマリ、ハジマリ!







conscience→science→Ψence






糞 に塗れた 屍 の 山のような...

鼻 の曲がる 吐き気 を催す 悪意 ばかりが 統べた

錠 されて 鎖 された 箱 の中

閉 じこめられた 可哀想 な 猫 たちは、まだ 生 きているのか もう 死 んでしまったのか

宿命 された 刻限 は 近い

アルファ 崩壊 が 何 もかも 亡 ぼし 尽くす その 前 に――――



四(シ)を超/越えて、第五(ダイゴ)へ至れ。
最終更新:2017年02月07日 07:45