―――病毒の泥を孕んで狂う母のカプセル―――

『クイーン』/"Q"ueen




「私は、この世あまねく息づく生命――
 その頂点に君臨する『女王』にして、等しく愛し愛しむ母である。

 ようこそ、私の胎内(せかい)へ。
 ここは毒と泥に満ちた海。すなわち生命の腐海。
 あらゆる命はこの地に還り、そして産まれる。さあご挨拶を、愛し子たち。彼らを抱き締めてあげなさい。」

  俗に青酸とも呼ばれる、細胞内呼吸を阻害するシアン化水素。
  呼吸器に炎症を引き起こし、発癌性も存在するホルムアルデヒド。
  全身の感覚をひどく麻痺させ、強烈な嘔吐感を催すアルカロイド系神経毒。
  そしてそんな劇毒の泥の中から這いだしたのは、皮膚に重度の熱傷を負わせるほどの毒素を体表面に持つ、四つん這いの怪物たち。

  身動ぎ一つ叶うまい。
  こうなれば爛れ、腐され、融かされて、泥に還った生命は母の愛し子として新生を遂げるのみ。
  五つに折り重なる最大危険指定能力者のカテゴリーランク、"Q"。
  その一人、"Q"ueenと呼ばれる能力者。
  彼女の心象世界である腐海(Quagmire)は、およそ太平洋と同等の面積を有する。

  それはすなわち。
  踏み込んだ者を二度と逃さぬ、愛を謳う腐毒の海であった――。



「やっぱり。
 貴女は何にも解っていなかった。
 数十世紀という幾星霜を重ねてもなお、少女は少女のままなのね。
 とても可愛らしいわ、抱き締めたくなる。けれど、同時にとても憎らしい。愛を知らずに愛を語るなんて、なんて傲慢。なんて思い上がり。

 でも、いいのよ。知らないなら教えてあげる。
 骨の髄まで教授してあげましょう。その身を以て知りなさい。母と、母の愛が何と気高く誇りあるかを。」


「貴方も愛し子らの仲間にしてあげる。
 爛れて腐り、混ざり合って融け合って、やがて私たちは一つになるの。
 痛いでしょう? 苦しいでしょう? 哀しいでしょう? さあ怖がらないで、力を抜くの。私が全て引き受けてあげるから。

 私が貴方を苛む全ての苦痛から解き放ってあげる。
 私が貴方の存在全てを肯定してあげる。
 私が貴方を、愛してあげる。

 嗚呼、そうよ、愛しているわ。貴方を心から愛してる。
 もう悩まなくていい。もう何も考えなくていい。だってもう、貴方は一人じゃないのだから。

 さあ、眠いでしょう。私の腕に抱かれておやすみなさい……。遥か高き頂より花香る、コマクサの毒にその身を委ねて。」
最終更新:2015年07月02日 20:10