そして、世界をたぶらかす秘密の詩(フサルク)が紡がれる。

「Alföþr orkar(万象を使役する者), álfar skilia(事態を判別する者), vanir vitu(運命を知悉する者), vísa nornir(凶兆を啓示する者)」

  刹那、法則は塗り変わる。
  地に足ついた現実の力学から、あらゆる科学が否定される幻想異界の摂理へと。

  分厚いアスファルトの路面がヒビ割れながら冗談のように大きく隆起し、そのまま突き破って表出したのは、馬鹿げているほど極大の尺度を有する巨樹。
  続いて、丘陵のような根本から雪崩を打つように溢れ出す巨人の群れ。
  人間と同質の肌色を持つ個体の他に、凍てる霜の体躯を持つ巨人(ヨトゥン)、苛烈な炎の体躯を持つ巨人(ムスペル)。
  そしてそれだけでは終わらない。

「elr íviþia(災禍を産む者), aldir bera(無力に堪える者), þreyia þursar(解放を待つ者), þrá valkyrior(闘争を望む者)」

  夜天に轟く絶叫。品のない大笑いのような、巨獣の咆吼。
  路面の大穴から這い出したのは、まさしく空想の極致ともいえる代物――――全身を漆黒の闇で覆い尽くした”ドラゴン”。
  ニーズヘッグ、字意を『怒りに燃える嘲笑者』。
  名に相応しく抱腹しているような絶叫で、しかし濃密な殺意を眼光に宿すその獣が、ただ圧倒的な質量をもって高層ビルへと突撃し、積み木か何かのように次々と倒壊させた。

  一体一体が怪獣映画を彷彿とさせる現実味のない威容。
  それらはしかし地震めいた進軍で確かな破壊を、それぞれの暴虐でもってこの現実世界の都市にもたらしていく。
  まるで地均しをするように。
  これより築かれる新世界に不要な、あるいは邪魔なものを徹底的に壊し尽くすかのように。

  形容するなら、悪夢そのもの。
  しかし、彼女にとってはまさしく楽園(ゆめ)の光景。

  半球状に展開し続ける心象領域の中心点には、遥か星空の頂に浮遊する純銀の椅子、そしてその高座に悠然と腰掛ける黄金髪の少女。
  この瞬間、彼女は君臨した。
  彼女だけの幻想(ヴァルハラ)を統べる主神(おう)として。
  時に滅ぼす者(ヴィズル)、時に禍を引きおこす者(ベルヴェルク)、時に軍勢の名で快く感じるもの(ヘルテイト)などと呼称される者として。
  そしてそれに相応しいやり方で――――。
  彼女を否定(ころ)したこの現実を、今度は彼女が否定(ころ)し尽くすために。

「…………人は、独善な、ものよ。
 自分や、自分に与する、者のために。平気で、他の人間を、騙すのよ。
 人の、本性に、正義も、悪も、ないわ。ただ、都合の良い、ものしか、見ない、それだけの、ことなのよ。

 なら、構わない。
 私を否定、する、なら、今度は、私が、否定する。
 貴男は、傍で、見てるといいわ、私の愛しい、フレースヴェルグ。私たちの新世界は、もうすぐ、ここに、築かれる。」



イメージBGM Valkyrie/Hansel Thorn
最終更新:2017年02月07日 07:52